桶川市内に三店舗を構える、一八八七(明治二十)年創業の老舗和菓子店「五穀祭菓(ごこくさいか)をかの」。六代目の榊萌美さん(26)は、柔軟な発想でヒット商品を生み出し、赤字続きの経営を立て直した。「和菓子業界全体を盛り上げたい」と夢を抱き、昨年末からは新たな挑戦にも乗り出している。
自身の将来像を考え始めた高校時代、家業を継ぐことは全く頭になかったという。「人の役に立ちたい」と教師を志したが、大学進学後は「遊んでばかりだった」。授業についていけず、夢を見失った。
転機は大学二年の春。友人の母親から「小学校の卒業式で『お店継ぐ』って宣言してたね」と言われた。全く記憶になかったが、当時のビデオ映像を見直すと、確かに言っていた。背筋を伸ばし、声を張り上げて将来の夢を語るかつての自分の姿は、格好よかった。
経営の中心を担う母親が病気で一時入院したことも重なり、「夢のない今の生活を変える」と家業を継ぐことを決意。大学中退後、社会人としての経験を積むためにアパレル会社勤務を経て、二〇一六年に店に入った。
当時の店は赤字続きだった。和菓子の需要は減り、近隣に商業施設が増え、客足は遠のく一方。常連客も高齢化が進み、少しずつ減っていた。
苦境の中で榊さんが考案したのが、くず粉を混ぜた棒アイス型の「葛きゃんでぃ」だ。ゼリーを凍らせて食べるのが好きだったことから、商品にあった「葛ゼリー」を試しに凍らせて地元の夏祭りで販売したところ、二日で千本を売り上げた。溶けてもゼリー状の形が保てることや、アイスとゼリーの中間のような独特な食感が好評となった。
正式に商品化すると、テレビ番組でも取り上げられ、全国から注文が来るほどの名物に。店自体の知名度も上がり、二〇年には黒字化を達成した。
だが、葛きゃんでぃのヒットで苦しい経験もした。ピーク時は一万本以上の注文があり、少ない従業員で対応したことから、客への発送でミスが出ることも。店には苦情の電話が連日寄せられた。ネット上では、榊さんが若い女性ということへの誹謗(ひぼう)中傷もあり「人生で一番しんどかった。店を辞めようと思ったこともあった」と振り返る。
踏みとどまれたのは「人のためになっている」と実感できたからだ。問屋からは「葛きゃんでぃをやってくれてよかった」と感謝された。店を訪れた若い客に「和菓子ってこんなにおいしいんですね」と声を掛けられたことも励みになった。
昨年十二月には、個人ブランド「萌え木」を設立した。味だけでなく見た目のかわいさにもこだわった和菓子を商品化し、主に催事やネットで販売する予定だ。「若い人にも和菓子に親しんでほしい。ゆくゆくは萌え木のレシピを他の和菓子店にも提供し、業界全体を活性化できれば」と構想を膨らませる。(杉原雄介)
<さかき・もえみ> 1995年、桶川市生まれ。「をかの」では2019年から副社長を務める。「萌え木」の商品第1弾は、手軽に食べやすい一口サイズでマーブル模様のようかん「YOKAN−予感−」。3月24日から1週間限定で、渋谷スクランブルスクエア(東京都渋谷区)で出店し、4月からはネットでも販売予定。
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